政府は14日、総事業費約7兆円に上る「防災・減災、国土強靭(きょうじん)化のための3か年緊急対策」を閣議決定した。2018年7月豪雨など全国で相次いだ大規模な自然災害を踏まえ、20年度までに河川堤防かさ上げや交通インフラ網整備など計160項目の対策を推進する。今後3年は公共事業予算の大幅な増額が見込まれる中、円滑かつ適切な執行が課題となる。
安倍晋三首相も「スピード感を持って進める必要がある」と関係閣僚に対応を指示した。
【緊急対策の事業費内訳(総事業費約7兆円)】
■防災のための重要インフラの機能維持(約3.6兆円)
- ◇大規模な浸水、土砂災害、地震による被害の防止
- (約3兆円)=約120河川で堤防かさ上げなど
- ◇救助・救命、医療活動の災害対応力確保
- (約0.4兆円)=125病院で非常用自家発電設備増強など
- ◇避難行動に必要な情報等の確保
- (約0.2兆円)=約250市町村で土砂災害対策ハザードマップ作成など
■防災のための重要インフラの機能維持(約3.6兆円)
- ◇電力等エネルギー供給確保
- (約0.3兆円)=事業所等で約55万kw分の自家発電設備導入など
- ◇食料供給、ライフライン、サプライチェーンの確保
- (約1兆円)=基幹畜産関係施設で非常用電源設備導入など
- ◇陸海空の交通ネットワーク確保
- (約2兆円)=鉄道河川橋梁約50カ所で豪雨対策など
総事業費の内訳を見ると、堤防かさ上げなど防災・減災を目的とするインフラ整備に約3.6兆円、生活インフラの機能維持を目的とする交通網整備などに約3.4兆円を投じる。財源は3.5兆円前後を国費で賄うほか、残りを国の財政融資(約0.6兆円)、国庫補助事業などの民間負担(約0.3兆円)や地方自治体負担(非公表)などで賄う。総事業費には災害復旧費を中心に構成する18年度第1次補正予算の分(約0.3兆円)も含まれる。
年度別の事業費内訳は公表していない。防災・減災という観点から、速やかに着手する必要がある18年度分の対策費は近く決定する第2次補正予算案で対応。
19・20年度の対策費は、19年10月から予定される消費税率引き上げに備える景気対策として政府の各年度当初予算で設けられる時限特別計上枠「臨時、特別の措置」も活用する。
全関係省庁で最も多い67項目の緊急対策を担う国土交通省は、2次補正で緊急対策費に6323億円を充てる予定。19年度予算案に計上する国交省分を合めた政府全体の公共事業関係費は、従来の6兆円程度に緊急対策を中心とする特別枠分の1兆円程度が上積みされ、年度当初予算として2009年度(約7.1兆円)以来となる7兆円台に到達する見込みだ。
緊急対策では、計160項目ごとに▽対象施設▽対策内容▽対象箇所数▽対策期間▽達成目標▽実施主体▽所管省庁−などの基本的な情報を列挙。内閣官房国土強靭化推進室によると、所管省庁に問い合わせれば、可能な範囲で具体的な個別施設などのより詳細な情報を明らかにするという。
主な対策を見ると、20年度までに国が全国にある約70河川、都道府県と政令市が約50河川で堤防のかさ上げなどを推進。20年度までに鉄道事業者が約50カ所で河川鉄道橋梁の豪雨対策として補強などに取り組む。
災害時に緊急出動する地域建設業者は、必要な人員や重機を手当てするためにも公共投資の増額と安定的な確保を求めてきた。被災地では緊急対策に伴う新たな建設事業が創出されるが、ある建設関係団体の幹部は「協力会社と連携し、必要な事業を担うしっかりした体制を敷く」と決意を示す。適切に執行されるよう、発注者側の配慮も不可欠だ。
自民党の佐藤信秋、足立敏之両参院議員は14日、日刊建設工業新聞の取材に応じ、同日決定した「防災・減災、国土強靭(きょうじん)化のための3か年緊急対策」への対応を一段と推進する考えを表明した。
両氏は激甚化する災害の被害や被災地の視察を踏まえ、与党内で国土強靭化の必要性を強く訴えてきた。
佐藤氏は、10日に閉幕した臨時国会中、11月5日の予算委員会で緊急対策について「事業内容などを事業費ベースで決めてほしい」と安倍晋三首相に求めた。
政府は緊急対策で、3カ年に事業費ベースで7兆円を投じる方針を提示。佐藤氏は「野党時代から国土強靭化の議論を始めて7年。頑張ってもらえた」と政府・与党の一連の対応に感謝した。その上で「実質的に公共事業が中心となる。補正予算、19、20年度の当初予算で所要額が上積みされることになる」との見通しを示した。
災害が相次ぐだけでなく、被害が激甚化していることを踏まえ、「3年で完成するわけではない。10年、15年の長期計画につなげる必要がある」とも指摘。予算執行では、「対策を受け止め、建設業界にはしっかり頑張ってほしい」と期待を寄せた。調査・測量・設計業務が多くなるのを念頭に、「発注サイドも適正工期で調査から行い、工事にも適正工期で取り組んでほしい」と注文も付けた。
足立氏は、「『予防に勝る治療はなし』とされる事前防災に意義深い結果になった」と述べた。事業の円滑な実施に関して建設業界に「今後の発注に対応しながら、早期に整備が行えるよう、頑張ってほしい」とエールを送った。
国土強靭化
政府が基本計画初改定
気候変動考慮した治水対策重点
政府は14日、国土強靭(きょうじん)化基本計画を初めて改定した。14年6月の計画策定以降に全国で発生した大規模な自然災筈の教訓や知見を最大限反映し、重点化する施策を追加。新たに気候変動の影響を考慮した治水対策などを盛り込んだ。「地域の守り手」として、防災・減災対策や災害対応を担う建設技能労働者の確保・育成も打ち出した。
基本計画は、13年12月施行の国土強靭化基本法に基づく最上位の計画。おおむね5年ごとの改定が義務付けられている。
改定計画では、政府が8月にまとめた大規模災害時の国土の弱点を定量評価した「脆弱(ぜいじゃく)性評価」結果や、今秋に行った全国にある重要インフラの緊急点検の結果も参考にした。同日に決定した総事業費約7兆円に上る「防災・減災、国土強靭化のための3か年緊急対策」の推進も盛り込み、法的根拠として確実な具体化を図る。
新たに重点化する施策を追加し、西日本地方を中心に広範囲で洪水氾濫や土砂災害をもたらした2018年7月豪雨を念頭に、気候変動の影響とみられる気象変化を踏まえた治水対策を推進する。平時・災害時両方の基幹輸送網として、新幹線ネットワーク整備や緊急輸送道路の耐震補強、高速道路暫定2車線区間の4車線化にも一段と力を入れる。
これらの重点施策を着実一に進めていくための環境整備の課題や項目も追加した。地域に精通した建設技能労働者を道路啓開や航路啓開、除雪作業、迅速な復旧・復興、インフラメンテナンスの担い手として明示し、人材の確保や育成を図る。緊急復旧工事などの災害対応が円滑に進むよう、行政機関と民間事業者団体による協力協定の締結を推進する。インフラメンテナンスの効率化・高度化に役立つ新技術の開発や分野横断的な相互活用も進め、非破壊検査技術や新設・更新時の長寿命化技術の普及を自指す。
山本順三国土強靭化担当相は同日の閣議後の記者会見で基本計画の改定を受け、「国土強靭化の取り組みを深化、加速化する」方針を示した。
【改定国土強靭化基本計画で重点化する主な施策】
- ◇気候変動の影響を踏まえた治水対策
- ◇緊急輸送道路の耐震補強
- ◇高速道路暫定2車線区間の4車線化
- ◇防災拠点や学校施設、医療施設等の天井等非構造部材を合めた耐震対策
- ◇文化財の耐震化
- ◇電力インフラの強靭化
- ◇ハード・ソフト両面からの除雪体制整備
- ◇災害リスクが高い場所への立地規制
- ◇ライフラインや防災拠点、医療施設、避難所、農業水利施設等の老朽化対策
- ◇避難路・避難地を守るハード対策
- ◇防災・減災対策、インフラ老朽化対策の新技術普及、実用化
- ◇災害廃棄物処理計画の策定、推計発生量に合わせた仮置き場確保
3カ年計画
業界、事業執行に意欲
長期計画求める意見も
政府が14日に決定した事業費7兆円規模の「防災・減災、国土強靭(きょうじん)化のための3か年緊急対策」について、建設業界からさまざまな意見が出ている。災害対応に臨む人員や資機材の維持に必要な事業量が不足していると見る地域が少なくないため、地域建設業団体の幹部は「災害対応力の強化につながる」と謝意を示す。ただ担い手確保のために長期的な計画策定を求める意見も根強く、国土強靭化の在り方を巡る議論が続きそうだ。
事業内容や事業費規模が決定し、政府主導の国土強靭化は具体的な執行に向けて焦点が移る。「下請業者と協力し、やるべきことを速やかに行える体制を組んでもらう」。ある地域建設業関係団体の首脳は、そう意欲を見せる。
執行をポイントに挙げる団体は少なくない。「財政当局からすると、建設産業のお手並み拝見というところだろう」と指摘するのは、全国規模で事業展開する会員企業が多い団体のある幹部。財政当局は、人手不足による工事消化の余力を懸念し、公共投資の拡大をけん制してきたためだ。そこで「事業を円滑に実施するためにも、適正工期と施工時期の平準化が必要になる」と指摘し、団体としての対応を検討することも視野に入れている。
建設業界は、災害時の緊急対応を担いつつ、防災・減災のためのインフラ整備に貢献してきた。災害が相次ぎ、その災害が激甚化していることで、必要な予算の増強を求める声は小さくない。ある団体の幹部は、先進諸国を下回る治水施設の整備水準や急峻(きゅうしゅん)な国土で頻発する土砂災害の現状を踏まえ、「3年では終わらない。守るべき安全の目安を議論し、対策を続けねばならない」と求める。別の幹部は、設備投資や人材の登用を進めるためにも「5年以上の長期計画に基づき、安定的な投資を確保する必要がある」と指摘する。同様の意見は与党内にもある。
緊急対策の財源の一部は、使途が建設関係に限定される建設国債となる。
「単年度で消費される(赤字国債による)社会保障費と異なり、積み上がったストックの恩恵を次世代の国民が享受する。必要な事業はさらに進めるぺきだ」と、財政規律の中でも積極的な対応を求める団体幹部も少なくない。
緊急対策に伴い19年度の当初ベースの公共事業関係費は大幅に増額される公算が大きくなっており、公共投資政策に関する議論もさらに活発化する見通しだ。