2013/11/18(月)
新聞記事
平成25年11月15日 建設工業新聞

創刊八十五周年記念特集号第二集

インタビュー
参院議員 佐藤 信秋 氏

四全総で掲げた目標の6割強
大切な役割“命の道”の認識を
安全な空間・街に整備された先進国として


先の参議院選挙で全国比例区に立候補し、2期目の当選を果たした佐藤信秋議員。49年前の新潟地震で被災した経験から、自然災害の頻発する脆弱(ぜいじゃく)な国土を強くしなやかにする国土強靱(きょうじん)化への取り組みを、自身に課せられた使命≠ニして力を注ぐ。元国土交通事務次官で道路行政に長年携わってきた佐藤氏に、これまで果たしてきた道路の役割や今後の国土のあり方などを聞いた。

――果たしてきた道路の役割などを総括。

「1952(昭和27)年に道路法が制定され、53年に道路整備緊急措置法(道路整備費の財源等に関する臨時措置法)が国会で成立、54年に初の道路整備5カ年計画の運用が始まりました。これらが道路行政の出発点です。56年になって米国のワトキンス調査団が訪日し、『文明国で日本ほど道路整備を軽視している国はない』とのリポートは有名な話で、当時、国道1号は砂利道でした」

「66年には国幹道法(国土開発幹線自動車道建設法)が改正されました。予定路線約7600kmが定められ、おおむね20年間で造り上げるものでしたが、整備はなかなか進みませんでした。以後、人口や国土面積など様々な指標から、この予定路線ではネットワークとして十分か、諸外国と比較してどうかを検証したところ、『当時の欧州の平均的な道路水準ではおおむね1万4000kmの整備が必要だ』との結論に至り、87年の四全総(第四次全国総合開発計画)で将来のあるべき姿を示しました。欧州における当時の平均水準を追いかけ、せめて21世紀の初頭の概成を目指そうとしたのです」

「改めて振り返りますと、道路を巡っては整備水準の問題と役割の評価があります。残念ながら、四全総で目標とした整備水準の6割強にとどまっており、国民の皆さんにはおわびしなければなりません。ただ、人々の暮らしや経済活動に大いに役立っていることは言うまでもないでしょう。物流について申し上げれば、全体の95%以上は道路交通に頼っています。企業立地の大部分が高速道路インターチェンジ周辺のおおむね10km圏内であり、生鮮食料品をいち早く皆さんに届けることができています」

――東日本大震災を教訓とした今後の大規模地震への備えは。

「東北の三陸道路は3割程度しか整備されていなかったとは言え、先の大震災では命の道≠ニして活用されました。救命救急や物資の緊急輸送はもとより、津波を直接的に防いだり、あるいは避難場所になったりしたことなど、様々な機能が再認識されたと思います」

「我が国では自然災害が頻繁に起こります。命の道≠ニいう大切な役割を常に訴えていく必要があり、私たちは国土を強くしなやかにする国土強靱(きょうじん)化関連3法案(国土強靱化基本法案、首都直下地震対策特別措置法案、南海トラフ地震対策特別措置法案)を今臨時国会に提出しました。私は以下の3点を申し上げています」

「一つ目はバックアップする、救援に向かう、避難するための拠点整備、そして多岐にわたる連携軸の整備です。二つ目はエネルギー、情報通信、街(建築物)のしなやかなネットワークづくりです。それには民間による投資、公共による投資が必要で、ハード・ソフト両面からの取り組みの多様性が求められると考えます。公共事業が年々減ってきた中、建築物を耐震化するにしても、電線類を地中化するにしても民間の力を十分引き出せるような予算、税制、制度に改め、地域のしなやかさを強めることにつながる環境づくりが大切です。三つ目は具体的な目標の下で計画的かつ着実に実行することです。公共事業費をひたすら削り取るばかりではスパンの長い事業に完成のめどは立ちません。すべてが収縮してしまう状況こそが問題なのです」

「国土強靱化の観点から、救援・避難が可能なインフラの整備、システムづくりをする必要があります。ほかは地震・津波に対応して実施すべき取り組みを着実に実行することです。首都直下地震の場合、建築物が倒壊すれば避難路がなくなります。電柱が倒壊すれば消火活動や救命活動は容易に進まないでしょう。海抜ゼロメートル地帯の東京都江戸川区は区域の半分くらいは水没してしまい、堤防を強化しなければなりません。そうした意味でスーパー堤防整備は不可欠です。人口の半数程度は避難を余儀なくされますので、避難する場所を造るとともに、浸水しない手だてが求められます。ソフト施策で対応できることはソフト施策で対応し、優先順位を付けながらハード整備を着実に展開していくことが重要です。国土全体に関係するプランは国が作りますが、基本は東京都ですし、江戸川区の問題です。特性に応じて強靱化計画を立て、実行していくのです。南海トラフ地震の場合も同様です」

「ただ、自治体の力だけでは限界があります。そこで国として強靱化計画の作成支援や財政に対するサポートをしっかり行っていかなければなりません。前政権は72兆円の収支キャップをはめ、医療・福祉に要する費用が毎年1兆円ずつ増える状況の中で、地方交付税や公共事業費を削減してきました。結果としてデフレーションを助長し、実行すべき仕事に取り組まなくなっていったのです。従って、収支キャップを外す必要があります。安全・安心を確保しないで景気回復はあり得ず、デフレに伴う収縮マインドでは安全への投資は無理です。」

――中央道笹子トンネルの天井板崩落事故は衝撃を与えた。

「築40〜50年をある程度の目安とし、老朽化した施設をどう更新・メンテナンスするかに改めて気づかされた出来事でした。国土交通省は現在、あらゆる構造物の点検を進めており、その点検の確実な実施と必要な補強、修繕、更新の計画的実行が老朽化対策の本質です。これからは公共事業予算を着実に戻しながら、不足している社会資本の新たな整備と既存施設の維持管理を計画的に進めていくという、この二兎(にと)を追うことこそが我が国では重要で、投資については公共と民間の合わせ技で対応していかなければなりません」

――50年後の道路はどうなっている。

「若者たちにとって魅力ある国土にすると同時に、高齢者にとって使いやすい道路・街にすることに尽きます。人が自ら運転せずに、自動運転で安全に走行できる空間を含め、自動車・自転車が走る、人が歩くという通行空間として、かつ災害を遮断する空間としての機能を十分発揮できるような道路、街ではないでしょうか。この両面から『日本は安全な道路空間・街を備えた先進国だ、日本のまねをしたい』と思う人々が世界中から訪れる、そんな国にしたいものです」

――防災・減災への思いを。

「私は64年の新潟地震で被災者になりました。高校2年生の時です。信濃川に架かる3橋のうち最も新しい昭和大橋が落ち、県営川岸町アパートが2棟倒壊しました。津波によって信濃川が氾濫し、自宅が高さ約2mにわたって3週間ほど水につかっていました」

「地震、災害に対し何を学べばいいかを考え、大学は土木工学を専攻しました。学生時代、太田昭宏国交相が3年生で相撲部に、私が1年生で柔道部に在籍していました。相撲の大会に柔道部が参加して優勝したことが懐かしい思い出です。耐震の専門家であります太田大臣とはそれ以来のおつきあいで、共に防災・減災を推進しなければならないとの思いでこの50年間、仕事をしてまいりました」

「四年前、中国の国会議員と意見交換する機会がありました。中国側は経済が成長したため、『もう日本からの支援、ODA(政府開発援助)はいらない』と言っていました。ただ、中国側の『日本の防災技術をぜひ教えてほしい』との発言が非常に印象に残り、2国間の新たな関係構築につながるのではないでしょうか」。



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